自分できめる
先日、月に1回受けている諏訪先生の学び。
私はいつもこの学びの会で深い気づきとエネルギーをもらう。
学ぶ会は、ミヒャエラ・グレックラー女史の講演録
『両親の問診時間』を諏訪先生と一緒に読み解く。
文章だけでは、理解しにくいところを
諏訪先生が分かりやすく伝えて下さっている。
グレックラーさんは、シュタイナー学校校医、
アントロポゾフィー精神科学自由大学 ・
医学部門代表などを務められた方。
この日のテーマは「子どもに口を介さない教育」
たくさん気づきをもらったのだけど、
子育てや自分にとっての大事なことのひとつ、
「自分のこころを自分でしっかり決める力の育み 」
という行為が私には足りてないなと思った。
何かしらぼやっとさせている部分がちょこちょこあるのかも。
子どもに決めさせるのではなく、
親である私が決めて通すこと。
子どもにには決めるという行為が本当は難しいものらしい。
もちろん菜食している事などは
私が通している事なのだけど、
どこへ行きたいか?
何したいのか?
ひとつひとつ聞いてしまっている事も、
多々あるのかも…。
確かに私が、
今日は木工する!とか、
パンを作る!
とか決めて、それをしても、
喜んで真似をしたがるのだから、
親である私が日々何を決めてどう行動するかって、
とても大事。
自分の事も、
どうなっていくのだろう?
というようなふわっとした客観的な自分もあったりして。
今日、お友達がしている
子どもと一緒にする英語の教室に行ったのだけど、
そのお友達のお話を聞いていると、
自分で決めて、
それに向かって日々行動している事が
とても素敵に思えた。
お友達がしているその教室が「楽しそう!」
という軽い思いで行ってきたのだけど、
自分の奥底にある
どう英語と関わっていきたいのか?
という思いがハッキリ表れてきた。
そんな自分も発見しながら
奥底にある自分を見て、
自分で決めて行動していきたいなと
思った日なのでした。
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