柿渋の香りがする家
私の父親の仕事は、
着物の値札になる「こより」を
作っていました。
柿渋で染めた和紙を
丈夫なこよりにしていくのが
父の仕事でした。
おじいちゃんの会社である
おじいちゃん家に勤めに行き、
夜帰ってきても、
毎晩、こよりを撚っていました。
実家には、時々昼間に
柿渋屋さんが
どっさり柿渋染めされた和紙を
運んでくる事があって、
それがまた臭いのです。
小学校から帰ってきて、
家に足を踏み入れた途端に、
「あ、渋屋さん来たんだ!」
と、分かります。
そうして、時々配達される
柿渋染めの和紙が香る自宅は、
きっと匂いが染みついてるんだろうな、
何か嫌だなぁ
なんて、思ってました。
夜、寝る前には
仕事をしている父の所に姉と行き、
「ゴキブリ退散のおまじない」
をしてもらいます。
それは、
撚る前の
柿渋染めされたこよりを
束ねてお湯につけたものを
使います。
父が神主さんみたいに、
しゃっしゃっと、
私と姉のほっぺたにこよりをなでつけます。
そしてひとりずつ、
「ゴキブリ~、退散!」
と、言いながら数回こよりを
つけてもらうのです。
柿渋の匂いをほっぺたにつけて
眠ったら、ゴキブリも
近寄らないおまじないなのです。
臭くて嫌だなぁと思いながらも、
なくてはならない柿渋の香りの存在に
今さらながらありがたく思い、
ナチュラルライフが
珍しい事のようにされる今、
自然と関わる暮らしが
当たり前だった頃の温かい想い出が
ふとよみがえってくるのでした。
心に残るのは、
やはり、毎日の暮らしだなぁと
ユニークな父親に
改めてまた感謝するのでした。
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